Posted in September 7th, 2009
タイトルからご覧のとおり実は約2ヶ月間日本に一時帰国していました。 その間ブログはずーっと沈黙でした。というかその前からずっとこんな状態だったですけどね^^; 今回は彼-アレックスを引き連れての日本滞在でして、2ヶ月間それはそれは大変疲れ ました。彼にとっては初の海外旅行。そしてそれがいきなりのジャパンとくるわけ ですし。日本の梅雨、猛暑、熱帯夜、人口密度、言葉の壁だけではなく、ウクライナと は文化も価値観もすべてが間逆をいく日本なので、彼と一緒に母国に行ける喜び以上に 心配のほうが大きかったのは事実です。 実家ステイだったのですが、部屋の振り分けが予想以上に大変でした。 彼が来る前から両親と何度も話し合ったのですが、彼が何でもオーケー♪というような イージーゴーイングな性格だったらこんなに揉めなかったんだろうけど。。 それというのも、 アレックスくんは一人が好きなもので一人部屋がほしいと。。 しかも私の部屋は洋室なのでベッドであり、ヨーロピアンのくせにベッドが嫌いな 彼は畳がいいと。 そして両親のはからいで、熱帯夜は寝苦しいだろうからとクーラーのある父の部屋を 提供。クーラー部屋は1階の居間と2階の父の部屋のみ。私と母の部屋には扇風機。 暑がりの父にとってクーラーは必須なのですが、1階のクーラー部屋を父が とってしまうとその部屋にあるパソコンとテレビが使えなくなる母にとってはつらい。 そんなこんなで結局は、私は私の部屋(いまだに私の部屋があるということが嬉しい) 彼はクーラーつきの父親の部屋、父は母の部屋、母は1階の居間という振りわけに なりました。 クーラーのない、しかも一番風通しの悪いうえにテレビもない部屋においやられた 父はとても不憫でしたが2ヶ月間だけ、ということで我慢してもらいました。 そんなこちらの配慮もつゆ知らず(そのときまでは)本人はいたってマイペース。 持参したノートブックを1階のパソコンとルーターで接続してネット環境を整えた 本人は与えられた環境に大満足です。 私は友人もいるし、どこでも行けるし、時間をつぶす手段を知っているけれど 私がいないと一人ぼっちな彼にとってはパソコンはとっても大事でした。 だから、私がパソコンを借りようとするとすごい時間厳守で迫られたうえ、予定時間 オーバーするとつっこみされたりしましたけどね(笑) 両親ははじめのうちはニコニコしていたのですが、やはり習慣の違いが 気に障ったようでそういったことは当然ですがすべて私に降りかかってきます。 やはり人間には我慢の限度というものがあるので、一定の許容範囲を超えると あとには戻れないようですね。 解決されるまではひたすら気に入らない点が 強調されていくのみ。 そんなわけでマイペースなアレックスVS神経質な母との間に挟まれた中途半端に 日本人なユミチカは大変苦労しました。 彼には気持ちよく生活してもらいたい、でも両親の生活のリズムを狂わせたくない、 でもでも価値観の違う他人同士が同じ屋根の下で暮らすのは無理。 そんな状況の中、京都、大阪、奈良へ旅行へ行った私たちですが、やっぱりね、 ただではすみませんでした。 まるで無計画、どこへ行くにも何をするにもすべーて私任せな旅行。 京都なんて日本人の私だって土地勘ないし、地図やガイドブックの助けを借りても 混乱するのにまるーーーで人任せ。 周りを見れば外国人カップルがお互い助け合い ながら行動している。 この人、私がいなかったらいったいどうやって日本旅行しているんだろう????? マックで食べるにも、切符を買うにも全部私。 ウクライナでは私はそういうの全部自分でやっているので彼のあまりのお子チャマ ぶりに協調性のあるユミチカ(自分でいう?)もリミットオーバーがきてしまった らしく、京都の中心地でバスを降りるなりスタコラサッサーと彼をおいていって しまった。 まぁもちろん途中で許してあげてひたすら地図もってうろうろしている彼に戻ってきて あげましたが。 ところが、彼は置いていかれたことに逆ギレしてました(笑) そんなこんなでしたが、全体的には楽しい旅行でした^^ [...]
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Posted in April 26th, 2009
みなさん、だいぶおひさしぶりです。(だいぶどころじゃない?) 私の住むキエフも先週末からようやく春といえるような暖かさになってきました。 ウクライナに住む誰もが待ち望む春の到来です。 衣替えと同様に私のビザも切り替えの時期がやってきました。 私のビザはプライベートビザで6ヶ月滞在許可がおります。初めてウクライナに 降り立ってからこのビザの切り替えをするために一体何度海外へ でたことでしょう。 そしてこれを毎度みている知人からは、面倒くさいからとっとと結婚したら? と言われる始末。 それが出来ればとっくにしているものです。が、私たちの結婚までの道のりは もう少し時間がかかりそう。 そして、現在私はこのプライベートビザで働いているので、実はビジネスビザを 取得してもいいのだが、夏に日本へ帰国するので日本でビジネスビザは取る つもりでいるので、今回は毎度おなじみのプライベートで。 日本でビザ取得は簡単だけど、海外の大使館のほとんどは国籍によりサービスが 異なることを知らない。 ポーランドの大使館ではビジネスはおろかプライベートビザまで招待状がないと 発行できないの一点張りで融通がきかない。 前回はそれでてこずったが、 彼らの無知な間違いでのこのこ退散する私ではないので、強行突破で取得 しましたけど。 ここでポーランドやその他海外でビザを取ろうという方にアドバイス。 外務省もしくはイギリスや日本のウクライナ大使館などのホームページで ビザ取得概要のページをコピーしてスタッフががたがた言うようならそれを 見せることですね。証拠がないと一切認めないのが彼らですから。。 そんな過去があったのと、ロンドンが好きだとうこともあり今回は難を避けて ロンドンでビザ取得に。 ロンドンに着き、翌日領事部へ9時に到着。私以外、だーれもいなく予め 申請書は記入しておいたのでさっさと受付開始。 領事部の係員はウクライナ人男性。 パスポートを提示すると彼、 「日本人はビザなしで滞在できる」と言う。 私はそんなことは分かっている、 私はプライベートビザが欲しいんですと言うと彼は沈黙で何か説明書を眺める。 そして私の申請書に目を通し次の彼の発言は、「手数料に14ポンドです」 私が手数料は日本人はいらないからと言うと、彼はまた沈黙し説明書を眺める。 しばらくして、カードに私の名前とビザの種類そして、受取日を書いて私に 渡して「来週の月曜日に取りに来てください。」と言う。 私が日本人は3営業日で取得できるはずだし、月曜日にはウクライナに帰ってる、 と言うとまた黙って説明書を眺める彼。 内心、しっかりしてくれよっ、あなたたちの仕事でしょう!ってつっこんでいたが 彼はポーランドの時の頑固な女性館員とは違い、おとなしく(というか無言) 私の言うことを聞き受けてくれたので文句は言いません。 ビザを3日で無事取得しロンドンも満喫しウクライナへ戻ってきました^^ これでしばらくは滞在できますが、ウクライナにはビザよりうざいものがある。 それはオビール(市役所)で滞在許可登録。これに関してはまた次回(^^)/ にほんブログ村 にほんブログ村 人気ブログランキングへ いつも温かい応援クリックありがとうございます(*^-^*)
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Posted in February 22nd, 2009
週末土曜日は家族、パパの仕事の同僚たちとその奥様たちと近所の森林へ散歩に 行きました。 アレックスは行きたくないようでお留守番。 散歩というよりパパの誕生日を祝うのが目的で、アウトドアが大好きなパパは車で 何週間もかけてヨーロッパ中を旅します。 そんな彼の希望で今年はアウトドア誕生日会実行! 当日まで私は自分の手持ちのジャケット、ジーンズ、ブーツで行こうと思ってたけど みんなからそれじゃあ寒いよと、ママからはトレッキングシューズ、妹からは マフラー、パパからはジャケットとつなぎパンツを借りることに。 前回めっちゃくちゃ寒くて死ぬ思いをしたので、今回は手袋2枚重ね、 ニット棒、タイツの上にスパッツ、そして冬用靴下と抜かりなく着込んだのは いいけど私、そうとうおデブさんみたいになってた。。 この森林はかなり広大な敷地で第2次世界大戦でドイツ軍が潜んでいた場所でもあり 今でも隠れていたという跡ー大きな穴がいくつか残っています。 ただ、この森は延々と同じ風景が続き、地元人でもなれていないと迷子になる。 雪道なのでなおさら判断しにくい。でも今回はこの森を知り尽くしているパパが いるので安心。 パパを筆頭にずんずん歩き片道1時間ほどのところでちょうどよい場所を見つけ そこで火をおこし寒さをしのぎながらまちにまったお食事タイム! メンバーは12人と犬1匹なので、料理のボリュームもすごい! 妹はレモンとジンジャー入りのホットワインとチーズたっぷりの魚のフライ、 ママは何種類ものサラダにお肉料理、お婆ちゃんはたくさんのキッシュをそれぞれ 用意してくれました。そこで、一人の男性が私にいらぬ質問を。。 で、ユミは何を作ったの? 家族みんな、シーーーーーーーーーーーーーーーン。。。。。。。。。。 わたし、なにも作ってない。いや、時間あれば手巻き寿司を作りたかったのだけど 生憎多忙で時間がありませんでした(><) 私が、何もありません、ごめんなさい。。とたじろくとママがすかさず ナイスフォローをしてくれましたけど、いやあのときは本当に立場なかったですよ! しかもそれぞれから、アレックスは何処にいる? なんでアレックスは いないんだい?? ユミチカがいるのに来ないなんてって質問攻めにあい、 あんまり彼を悪者にしたくない私は返答に困りました。。。 さてさて、お料理は当然とても美味しく、メンバーでワンコを抜かして一番口数の 少ない私はとうぜん食べることに集中します。 たぶん、一番食べてたかな。 ロシア語がよく分からない私は一人笑顔でみんなの話を聞いていたのですが、 なにやら笑顔でいられない状況が、、、、、、、、 そうです、旧ソビエトでのお酒の場には頻繁におこる”アーギュメント=口論”です。 夫婦vs夫婦で激論がはじまりました。 内容は30をすぎた女性が子供を欲しがらず相手とだけの生活を楽しむのは エゴイストだとか、25歳までには結婚して子供を産むべきとかなんとか。。 男性もすんごいけど、女性も気が触れたのかと思うくらいエスカレートしてて ママも妹もたじたじ。 一人せっせと焚き火の準備をしていたパパもさすがに仲介に 入るけどそれでももう、終わらない。 パパの誕生日にこんなんでいいのかっ??って思うのはきっと日本人だからか。 ウォッカとコニャックが入ってしまうとたぶんロシア人やウクライナ人にとっては 口論はさけられないものなのでしょうね。 この口論1時間ほど続いたけど、不思議なのが気がつくとみんな仲良く 話しているんです。。。 日本人だとそのご気まずくなりシラケムードになるけれど、何事もなかったかの ように済ませられるのはある意味尊敬します。 日も沈んできたところでお開きになり、みなさんそれぞれの家へ帰るのかと思いきや なんとみなさんうちに全員集合して、食べ(飲み)なおし。。 なんとパワフル。 さすがに妹もその中へ入っていくパワーがなかったらしくアレックスと私たち 若者?どうしはブラッドピット主演の”ベンジャミン バトン、数奇な運命”を鑑賞 しました。 みなさんがようやくお帰りになったのは22時。主役のパパは妹の部屋でいつの間にか [...]
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Posted in January 10th, 2009
もう、ウクライナとロシアのガス問題のことはみなさん散々ニュースで ご存知だと思いますが、今ウクライナへのガス供給は停止中です。 ロシアはウクライナが欧州分のガスを抜き取っているとして水曜日にガスを 全面ストップしました。 まぁそこでガスを抜きとるウクライナもすごい国ですよね。 そのまま欧州へ送るべき、と思うんですが、問題はロシアがちゃんと 欧州分を送っていたかです。 ロシアはちゃんと欧州分への規定量を送っていると言い、 ウクライナは規定量をロシアが減らしている言う。 でどちらが正しいのかを判断することは不可能なので 近いうちにキエフに欧州各国の調査員が集結し、ガス圧力計を 調べることになりました。 もういくつかの国の調査団はキエフ入りしていて残りを待っています。 ウクライナはロシアが十分なガスを送っていないことを証明できるのですが ロシアは調査員が来たら、ガスを供給し始めると言っているのです。 なんかこれってずるくないですか? 十分なガスを送っているか 調べるための目的なのに、意味ないじゃんって。。 それにロシアが本当にロシア産のガスを供給していたのかだって 分からない。 このガス問題は今に始まったことではなく、ロシアとウクライナ両国間の 因縁が全面的に現れていて、とばっちりを受けた欧州は不憫です。 それに、今までガスが減らされてきてても、実際私たちの生活には 影響が及んでいません。 多分このままストップし続けてもウクライナで 採れるわずかなガスと今まで供給されていた貯蔵があるので 一般市民に影響はでてこないかと思います。 ロシアとウクライナの”家庭”問題が ウクライナ経由ということで こんなに大きな問題になってしまった。 ロシアはウクライナのロシア離れへの嫌がらせとして値上げをしたり、 エネルギーを政治的圧力に使ったりすることは欧州から非難を浴びて 評判が更に悪化するだけでなく、今後のロシア産のガスの需要性が 低くなることもあるだろうに、その辺は心配していなんでしょうか? 徹底的にウクライナを叩きぬく強行な態度は、さすがロシアとしか いいようがない。 一方でウクライナは過去に誰かがパイプに穴を開けガスを抜き取っていた ということがある。 それを政府の誰かが知っていたとしても 何もなかったことにしてしまえるのは、この国です。。。 写真は記事とは無関係な家の窓からの雪景色 今日はマイナス3度。マイナス3度が暖かく感じてしまうウクライナの冬に生きる yumichkaに温かい応援をどうぞ宜しく(*^-^*) 人気ブログランキングへ
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Posted in January 7th, 2009
ロシアもそうですがウクライナでは今日が伝統的なクリスマスです。 ウクライナでもカトリック信者はいるし25日に祝う人もいるけれど、ロシア革命から ソビエト崩壊までずっと伝統的なクリスマスは禁止されてきました。 今ではグレゴリオ暦にあわせて25日に祝う国が多いけれど、ウクライナやロシアでは 今でもユリウス暦で祝います。 そして昨日はアレックスの祖父母にクリスマスイブの夕食に招かれ、すでに亡くなって いる親族を偲びながら過ごしました。 このイブの夕食は ウクライナ語でсвята вечеря 休日の夕食と呼ばれていて、 この日にだけ頂く特別な料理があります。 それはクッチャという普段食べるカーシャ-お粥に似た穀物で、ケシの実(ロシア語で マークという細かい黒い実で私はこのマークがたっくさんつまったパンが大好き)、 このクッチャ(куття)がメインディッシュなのでまずこれを先に頂きます。 このクッチャはクリスマスに食べる象徴的な食べ物で1年でこの日にしか食べなく、 家族の健康と幸せを象徴します。 日本で昔、白い米が貴重で収穫のたび神にお供えしたことと同じように、ウクライナ でも穀物の収穫があると部屋の片隅にウクライナの伝統刺繍の織物でデコレートして 保管していたのと似ています。この収穫した穀物のことをウクライナ語で ディードゥフ(дідух)といいます。 その他の料理はマッシュルーム、マッシュポテト、トマトのマリネ、りんごやキャベツ 野菜が入ったパン、肉類はなく数種類の野菜やサラダがメインです。 クリスマス以外の行事でもよく使うロシア語でスヴェクラー(свекра)、 ウクライナ語でブリャーク(Бляк)という赤い大根を茹でて刻んだものにマヨネーズや パセリなどをかけて食べるサラダはロシアやウクライナでの家庭料理です。 知ってる人も多いかと思うけど、ボルシチはこの大根によってあの色味が出るので 決してトマトじゃないんですよ^^ お婆ちゃんはお話好きで、昔の苦労話をたくさんユーモアも交えて 話をしてくれました。って、会話はウクライナ語だったので、私はちんぷんかんぷん。 で、アレックスにあとで話の内容を教えてもらい、ア~~あのときの笑いは これだったのねっ、っと一人時間差解釈です(笑) そして今日7日も祖父母宅でクリスマスを祝います。 昨日に続き、また私が一番の大食いになるんだろうな。お婆ちゃんもユミチカが一番 よく食べてくれるわ~って喜んでいた^^ まぁ勧められると断れないっていうのも あるけど、本当に美味しいので進んで食べたいっていうのが本音♪ ウクライナでyumichkaが凍死しないように応援宜しくお願いします(*^-^*) 人気ブログランキングへ
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Posted in January 3rd, 2009
2009年明けましておめでとうございます!! 長い間ブログがほったらかし状態になってて、たまに更新しようと思うと ネット接続が悪かったり、なぜかログインできなかったりでとうとう新年を迎えて しまいました。 12月は師走なだけに、めっちゃ忙しかったです。。。仕事で忙しいことはいいこと だけれど休日はちゃんと休みたい私としては、いやおうなしに休日の夜呼び出されて 飲めないコニャック飲まされたりとか意味わからないことも多々ありましたが、 何はともあれ2008年も健康で無事に終えることが出来き、神様に感謝です。 さて、去年は日本で新年を迎えましたが2009年はまたまたウクライナで幕開け です。アレックスと家族と迎えるアットホームな新年はすでに3度目。 本当は日本人らしく日本で年越しそばを食べ除夜の鐘とともに家族と年を越し、 元旦は早起きして家族に新年の挨拶をして、そして3が日にはおせち料理を頂いて 初詣、、と過ごしたかったけれど異国の国ではザンネンながら我慢ですね。 ウクライナで迎えた新年は、大晦日に家族と食事をしながら恒例の参加者みんなが 祝辞やジョークなど言い合うたびに乾杯しておいしい食事を頂きました。 本当は日ごろの感謝を込めて太巻き寿司を握ろうとはりきっていましたが、ママが 3種類のサラダとカーシャというお粥がダックの中につまったメイン料理をふるまう とのことで元旦にお寿司を作ることに。 ママの作ったサラダはロシアらしい昔から伝わる伝統的なものからママオリジナルの ものまでどれも本当に美味しかった。 アレックスと私は普段就寝が早いため、彼はすでに目がトローンとしてて起きてるのが 一生懸命といったかんじで、年が明けて家族と挨拶を交わしたところで、 ではおやすみなさいと私を置いて一人で部屋に行ってしまった。 でも、ちゃんと 部屋で私を待っててくれたところが彼らしくて可愛い。 今回うっかり料理の写真を取り損ねてしまったので代わりに元旦に作った太巻き寿司を。 切りすぎたキュウリとアボカドがちょっと見苦しいし、盛り付けも適当なのはご勘弁。 寿司は少ない材料でも何とかできるけど、残念なのはおせち料理、七草粥、鏡餅が いただけないこと。普段はどんな料理でもいいけど、やっぱり新年は日本人らしく 神様に1年の感謝を込めて料理をおいしく頂きたいものです。 鏡餅は餅自体がないのでどうにもならないが、七草粥はここで何とかハーブを揃えて 作れるかも。やってみよう!! ということで、2009年もみなさんが健康で幸せでありますように。 ウクライナは今年は不況に突入していきますが、あおりを受けても負けずに 愛しいアレックスともラブラブで生きていきます! では、今年も宜しくお願いします♪ 人気ブログランキングへ
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Posted in October 23rd, 2008
まず初めに、私のブログへ根気よく訪れてくださる皆さん、最近更新がばったり止まり本当に すみません。。9月からフルタイムで働き始め自由な時間がなくなってしまいました。 なんとか時間を見つけて日記を書きたいと思いますので今後も宜しくお願いします(^-^) ウクライナに住んでいるたいていの日本人がいい思いをしたことのない、 オビール外国人登録が先週すべて片付きました。 本当に言葉どおり、片付くっていう感じで日本の役所手続きのように手順よく運ぶことはまず ありえません。それでも昔よりはだいぶ職員の手際がスムーズになったと思うのは 私の勘違いか? このオビールではウクライナに住む外国人は登録をしなくてはいけなく、現在の法律では 日本人は6ヶ月以上引き続き住む場合はその前に登録を済ませておきます。 そして去年までは手続きが遅れたとしても、オビールのスタッフもどう罰金を取り上げて よいのか分からないのと、日本人含め先進国の人間には規則が緩かったので 見逃されていました。私も前回は2ヶ月も遅れて登録しにいくというふてぶてしい態度 だったのに、オフィサーから、罰金対象なんだけど、まぁいいよ。ロシア人だったら 払ってもらってたけど、とか言われました。 こういうときに日本人でよかったとつくづく思います。 そして、今回はそのわずらわしい手続きをしたくなくていいようにポーランドへ出て ビザもちょうど切れるのでそれでいこう!とはりきってました。 ところが、、、ウクライナに住む知人から偶然耳にした痛い情報が舞い込み私の 状況は深刻な状態へと追いやられました。 ある一時期に法律が変わって登録は3ヶ月に縮められました。その後また6ヶ月に 戻りました。ぶっちゃけ言うと、その3ヶ月の時期に私は入国していたので3ヶ月以内に 登録を済ませておかなければいけません。 でも、そんな情報普通の人は知りません。日本大使館で在留届をしたときにも書類には 6ヶ月と書かれており、スタッフにも確認すると6ヶ月と。 ただ、ウクライナの入国審査で審査官にどのくらい滞在するのかと聞かれたとき、 6ヶ月と答えた私にその審査官は法律が変わったので3ヶ月でオビールへ行ってね、と 言われてたんです。 今思えばその審査官はとても親切だったんですね。英語で話してくれたし。。 でもウクライナのオビールや役所の人はみんな言うことがバラバラだし、以前も この件で3ヶ月という人もいれば6ヶ月と言う人もいたので、半分信用してなかったのは 事実です。 彼を信用しなかった私が悪いのですが、こういうとき日本人はどこへ 頼ればいいのでしょう? 大使館もオビールもはっきりした情報を知らないのであれば日本人は自分でウクライナの 法律をなんとかして知らなければいけないということですね。 そして今年からオビールでのルール違反取締りが厳しくなり先進国の人間も罰金の対象になる ということは本当で、実際私は罰金を支払いました。 罰金は痛いけど下手すると裁判所行きだったので、不幸中の幸いですね。 それに、今回のオビールでアレックスはオビール打破を完全に マスターしたと怖いものなしになったし、私もいままでくっついて行ってただけの 役立たずだったけど、もうオビール怖くないです。多分1人でも大丈夫。 ようやくこのオビールを終えたところで次はポーランドでビザ切り替えです。 ウクライナに住んでいて一番の楽しみがビザ切り替えのヨーロッパの旅です♪ 前回は古都クラコフへ行ってきたので今回は首都ワルシャワです(*^-^*) いつも応援ありがとうございます。更新途切れないように努力します! 人気ブログランキングへ
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Posted in September 10th, 2008
ロシア人の名前というと、セルゲイ、アレクサンドル、アンドリー みたいに みんな同じ名前だし、バラエティがあんまりありませんよね。 これは親子代々同じ名前を付けたり する習慣があるからで、親も名前に誇りを持って いるので子供もまた同じ、その子供もまた同じ、、、ということになるのです。 そして多くの名前がキリスト教の聖人の名前にちなんでいます。 西欧にもあるみたいですが、ウクライナでも聖人や天使には記念日があり、 その記念日に生まれた子供にその聖人の名前をつけたりということもあります。 当て字や個性的な名前が流行っている日本と比べるととっても古風な考え方ですね。 ロシアの名前といっても、発音をロシア語可しているだけで西欧でも 同じ名前はありますね。 例えば聖人の名前であれば、パヴェル=パヴロ、イヴァン=ヨハネ、 ピョートル=ペテロ、ニコライ=ニコラス、グレゴリー=グレゴリウスなどなど 色々ありますが、聖人以外の外国から来た名前やスラヴ人特有の 名前などもあります。 一番多いのはギリシャからきている名前ですが、その他ではイーゴリ、オレグ、 アスコリッドはノルマン人の名前、ヤロスラヴ、ヴェチャスラヴなどスラヴ語の 名前などなど。 私の彼氏アレックスの名前はアレクサンドルですが、父も祖父も曾おじいちゃんも 叔父も、みーーーーんなアレクサンドルなので、家族の会話で 一体どの アレクサンドルのことを言っているのか全然 分かりません。 まぁよーく聞くとちゃんと”Дедушка Саша=おじいちゃんサーシャ”とか “Дядя Саша叔父のサーシャ”とかで呼んでいるので誰のことか 分かるんですけどね。 サーシャというのは男性ならアレクサンドル、女性ならアレクサンドラの 愛称=短縮名です。 私は外国人なのでアレックスと呼ぶけど、本当はみんなと同じようにサーシャと実は 呼んでみたかったりする。じゃあなんでそう呼ばないのかというと、 本人がサーシャと呼ばれるのが好きではないから。 でももちろんウクライナ人は誰もアレックスとかアレクサンドルなど呼ばないので サーシャもしくはサーシャという愛称が持ついくつかの呼び名で呼ばれます。 これは年齢やその人との関係によって変化するのですが、サーシャでたとえると サーニャ、サニョーク、サーニカ、サーシ、サーシカ、サーシンカ、シューラ、 シュリーク。。などなど非常にたくさんあり、最初は一体誰のことを言っているのか 分かりませんでしたよ。 以前アレックスのお婆ちゃんちに住んでいたとき、バーブシュカ(お婆ちゃん)に シュリークは何処なの??って聞かれて、シュリークって誰よ??って言う私に あなたの彼氏よぉぉぉっと、この娘の頭はおかしいのかと思われたことが あるんだけど、当初はアレクサンドルをまさかシュリークなんて呼ぶなんて 知らなかったですから! まぁそれはいいとして、ウクライナに来る前はこんなにロシア人の名前に愛称や 呼び名がいくつも存在するなんて知らなかったし、名前の持つ歴史なども知る ことができてとても勉強になっています。 それもこれも全てはアレックスのおかげです♪ 実はもっと名前について書きたいことがあるのでまたそのうち書いていこうと 思います。まぁここで書かなくても何でもウィキペディアが教えてくれるでしょうが 私の生活で得た情報や雑学を少しでも書いていきたいんです~~ ブログランキングに参加しています♪ いつもどなたがクリックしてくれているんだ ろうと想像しては嬉しくなります。ありがとうございます(*^-^*) 人気ブログランキングへ
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Posted in August 28th, 2008
ウクライナの夏ってみなさん寒いって思っていませんか? 冬がめっちゃくちゃ寒いのでそういう印象があるかもしれませんね。 でも、実は欧州の夏より暑かったりするんです。 イギリスは去年に続き、今年もまた夏が来なかったようだしその他の国も 20度いくかいかないかという夏服いらずの寒さみたいです。 ウクライナでは35度くらいまであがるんですよ。 さいきん、涼しくなりはじめましたがそれでも外へ出るとまだまだ暑いっ。 そんなウクライナでは商店街はもちろん、ちょっと通りを歩いていると 必ずアイスクリームの露店がみつかります。 だいたいアイス売りはおばちゃんが多くて、ひとつ2~3グリブナ (40~60円くらい)のお値段です。 ただ気をつけなくてはいけないのは、ドロドロに溶けたアイスや一度溶けたあと 再度凍って、袋から出してみるともはやアイスの原型をとどめていない ものも多々あるので触って形を確認する必要があります。 はい、それで確認しないで買ってきたアイスがこれ↓ ヒドイです。見た目が美味しそうではありません。こんなアイスは日本だったら クレームで交換になるでしょう。 こんなアイスを外で食べるのは必死です。かじる度に崩れていくので そうとうの注意力が必要です。かじったとたん、アイスが崩壊してサヨナラ、 なんてこともありました。(泣) それとは別に面白いのはウクライナ人のアイスの食べ方です。 もしかしたらアレックスの家族だけかもしれませんが、アイスクリームを食べるとき 必ずお皿とスプーンを用意します。 アイスをレンジでチンして柔らかくします。 または、レンジでチンしない場合はスプーンで叩いて崩して食べます。 棒つきなんだから素直にそのまま食べればいいのにって思いませんか? そして、何より変なのがアレックスのチョコレートがかかったアイスクリームの 食べ方! 彼はバニラアイスにチョコがかかったのが大好きなんだけど、それを食べるとき 必ずやるのが、周りの板チョコだけをきれーに食べる。というか舐める。 チョコが全部なくなったら、バニラアイスを食べる。 前にアレックスが一口いる?ってくれたので、わーい♪と上から一口ガブッっと いったら、顔がこわばって、なんでチョコだけ食べないんだよっって怒られた。 理由は、チョコはまずいけど中身のバニラが美味しいんだと。 っていうことはそのまずいチョコを私にくれようとしたんですね、この人は。 アイスの食べ方は個人の好き好きでいいですけど、でもでもレンジで温まった アイスクリームってどうなんでしょう??? やっぱり冷えたアイスが一番美味しいって思いませんか? ブログランキングに登録しています。クリックしてくださってるかた感謝です♪ ありがとうございます(*^-^*) 人気ブログランキングへ
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Posted in August 24th, 2008
1991年8月24日はソビエト連邦が崩壊しウクライナが独立した日です。 ウクライナはソビエト連邦の中でも一番最後に独立を果たしたソビエトにとっては 重要な国でした。 1922年に設立されて1991年に終わったソビエトは69年間存在し 69年と聞くとなんだか短く感じられるけど、16世紀からウクライナは度々占領 され続け独立を踏みにじられてきたのでそれだけにウクライナ人のウクライナの 独立記念というのは国民の深い思いが込められているんでしょう。 今年はウクライナ独立17周年記念のミリタリーパレードがマイダンと呼ばれる 独立記念碑広場で10年ぶりくらいに行われました。 式典がある独立広場までクレシャーチク通りをミリタリーアカデミーによる演奏に 合わせて総勢3千ものウクライナ全ての軍人と警察の行進です。 式典にはウクライナ大統領のユーシェンコ、国防大臣、陸軍指揮官が出席していました。 大統領は、ウクライナが欧州のセキュリティーシステムの一員になるために、我々は もっと行動を起こさなければいけない。 我々の家族、子供、孫の幸福を保証しなければならない。 そして国のセキュリティが国益の最優先です。とスピーチしていました。 ちなみに写真は戦闘機以外、全て予行練習でのものです。 なので兵隊さんの足もバラバラだし、ギャラリーに気を取られてる兵隊さんもいたり あんまり緊張感ありません。 でも本番のこの行進がなんともすばらしくて、みんなの足が綺麗に揃っている。 やっぱりみんなよく訓練されてるなぁって感心しました。 私だったらあんなに高く足を上げて歩いていたらきっと足がつってしまうだろう。 その軍隊による行進の後は、陸軍指揮官が乗ったソビエト時代パレードに使われていた クラシックな車に誘導されていかつい戦車が登場です。 何種類かの戦車があり、タンク、いわゆる戦車は10体、一見戦車だけどキャノン、 ハンマー、ソビエト時代のジープなどが128体、これらの戦闘車が式典のある 独立広場までクレシャーチク通りをゾロゾロと走ってきたわけだけど、 キエフには昔ながらの石畳の道路もあり、果たして道路にダメージが及んでいないか 気になるところ。 そして最後には戦闘機とヘリコプターによる空のパレードです。 私とアレックスはパレードを見に行くか、それとも家の屋上で戦闘機を見るかで 結局屋上で戦闘機ウォッチングとなり、戦闘機が飛んでくる11時をめざして屋上へ。 戦闘機は低空飛行なのでかなりはっきり見えました。 ヘリコプターは8機、戦闘機は4機ずつが1組になって22体ほどが 飛んでいたと思います。 この中にはなんと世界で一番巨大な飛行機(旅客機)が飛んでいました。 パレードはこれで終了ですが、この後にはグランドフィナーレとして7時から ルスラナ、アニーローラクなどウクライナの人気シンガーがステージにあがり、 駆けつけた何万人もの人々を盛り上げていました。 そして10時には打ち上げ花火で終了です。 ちなみにこの軍事パレードにかかった費用は72ミリオングリブナ、日本円にすると なんと15億円です! 軍事パレードに費やすのもいいが、もっと他にお金をかけるべき重要なことがたくさん あるんじゃないのかな、と思います。 人気ブログランキングへ
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